思いがけない秋の空
 



          



 ここ数年の例に洩れず、猛暑の延長でか いつまでもなかなか涼しい風が立たなかったものが。11月の声を聞き、カボチャの祭りのディスプレイが店頭からするすると片付けられたのを合図にするかのような勢いにて。急に朝晩の冷え込みが長持ちするような、秋めいた日和へと気候が移行しており。気がつけば…シャツとトレーナーの重ね着の上へ、もう1枚、何かジャケットでも羽織らなくては寒くて落ち着けないような。そんな本格的な晩秋の気配に、辺りがすっかりと塗り潰されていたりする。
“気の早いところでは、もうクリスマスの飾りつけをしていたりするものね。”
 さすがに、小さな町の商店街などでは、その前にと“七五三”にちなんだあれやこれやが扱われてもいたけれど。それさえ過ぎての11月も折り返しとなった今、少し大きめのお出掛けスポット、毎度お馴染みQ街のショッピングモールでは、ちょうどこの週末に一斉の模様替え完了とでもしたいのか。まだ明るいうちの、昼間の部の営業中だっていうのにも関わらず、あちこちの広場や通路などにて、モールや電飾を張り渡す飾りつけが急ピッチにて進行中。ちょっと古めのヒットナンバーのインストゥールメンタルが流れてる、待ち合わせ広場やプロムナードを縁取るは。昔のアニメの缶詰の蓋みたいな、縁をトゲトゲで囲まれたヒイラギの緑にベルベットのリボンは赤。こじんまりとした常緑の鉢植えには、今だけの便乗、金のベルやらお星様、純白のモールがヒラヒラとからみつき。明るいうちの飾りつけにはさしたる変化もないけれど、陽が落ちればあちこちで、それは様々な光に縁取られたりライトアップされたモニュメントが浮かび上がって、いかにも聖夜を思わせる光景が美しく広がるに違いなく。
「そういえば、去年は青いイルミネーションが流行
はやりましたけど。」
 安価でしかも、発熱しない、鮮明な発色が売りの発光ダイオードとやらが爆発的に流行った煽りで、昨年のイルミネーションやディスプレイは、どこもかしこもという勢いにて、クールな青やら冴えた白やらが主流となっていたようだったが。果たして今年はどうなんでしょうかと、何の気なしに口にした後輩さんへ、
「さぁな。」
 答えと同時に器用にも、風船ガムを膨らませ。パチンと割って気のないお返事。俺はクリスチャンじゃねぇからな。僕だって違いますけど、何かこういうのって楽しいじゃないですか。たくさんの人が“それぞれなりに…”ではあるけれど、日にちだけでも同時に同じことを楽しむ、大きな大きなイベントですものと。ウキウキと嬉しそうなお顔を隠さない小早川さんチの瀬那くんへ、
「さては。」
 鋭い目許を尚のこと鋭く眇めて見せて、口許へはニヤニヤ笑いを浮かべつつ、
「去年は何か、進とそれなりのイベントでもやらかしたんだな?」
「あ、やっ、あの…えと…。///////
 こんなもの、カマをかけた内にも入らない言い回し。なのにまあまあ、面白いくらい判りやすくも想定内の反応を示してくれて。顔から耳から真っ赤になりつつ、ドギマギと慌ててくれたセナくんへ、
“つくづくと隠しごとの出来ん奴だよなぁ。”
 笑い飛ばすどころじゃない、呆れて言葉もないままにいらっさるのが。相変わらずの過激な髪形、ピンピンに尖らせた金髪も挑発的な、R大学アメフト部、二回生主将で監督で、主務兼マネージャーの仕事もやっちゃうぞの、蛭魔妖一さん、その人で。11月も終盤ということで、秋のリーグも同時に終盤戦を迎えつつあり。彼らが所属する3部リーグでは、新規加入の元泥門デビルバッツの面々が存分に機能しまくったお陰様、R大デビルバッツが余裕のぶっちぎりで星取りトップを爆走中。12月に催される、2部最下位チームとの入れ替え戦に出られることは確実という状況でもあって。誰ぞの手垢の付いたチームなんて真っ平ごめんと、強豪チームからのスカウトを一蹴し、一からチームを起こした昨年度は、せっかくの才能をなんて勿体ないと、彼をよく知る関係筋から結構惜しまれた悪魔さんだったのだが、今年も順調なこの展開と、そうなるようにと持ってった、お見事としか言いようのない、監督 兼任 主将殿の辣腕ぶりを見るにつけ、
“蛭魔さんて、もしかして…。”
 選手としての本人のプレイの充実ぶりの追及は勿論のこと。その先までもを、もしかして、しっかと見据えている彼なのかも。計画性のある、効率的なチーム作りと的確な指導、試合中の様々なシーンに於ける素早い判断や決断力。それらを遂行出来る辣腕さも磨いて磨いて、先では選手とそれから、ビッグなチームの総監督の座というものまでも考えている彼なのかも知れずで。
“凄いなぁ〜〜〜。”
 相変わらずに見据える先までの距離が、野望と呼んでもいいほどの将来の夢のスケールが、自分たちとは格段に違う人だなあとつくづく思う。そんな途方もないことを現実に掴めると思っているだなんてと、足元をちゃんと見なよと笑い飛ばす人だって少なくはないだろうが、
“この人に限ってはなぁ…。”
 灼熱のアメリカ大陸を40日間で走破する、とんでもない特訓をチームの全員に完遂させた人。特に無理から押し付けた訳じゃあない。最初の選択も、その後の脱落も、自分で決めなと言っていた、自分のことしか考えてないと、いつもクールでいた人だけれど。同じ夢を持ってたキッカーさんを、いつまでも待っていられた人でもあったし、臆病者の韋駄天ランナーくんを、容赦なく蹴りながらも…練習でも試合の場でも、完璧な環境を提供してやっては、じっくりと育ててくれた人でもあって。
「? どした?」
 沈思黙考に入ったままにて、まじ〜〜〜っと自分の方ばかりを見上げていた、セナの視線に気づいてか。俺の顔に何かついてでもいるんかと、眉を顰めた金髪痩躯の悪魔様。あ、あ、いやその、そういう訳では、あのそのえっと。曖昧な態度が大嫌いな、大局へは懐ろ深くて粘り強いのに、それと相殺しているのか、日頃の近間の些細なところでは瞬間レベルの気の短さを誇る人。なもんだから、おどおどとはっきりしない言いようにて、誤魔化すように言い訳し始めたセナだと見るや、
「だ〜〜〜〜っ、むかつくからはっきりしろってんだ、はっきりよっ!」
「きゃ〜〜〜っっ!」
 今更なことですが、そのすらりとした体に添う格好のシェイプされた服装がお好みの彼だってのに、いつもいつも一体何処から…ご自分の痩躯よりも間違いなく容積の大きいだろう、マシンガンやらカービン銃やら、どうやって あっと言う間に引っ張り出せている人なのやら。テラコッタ風の赤レンガを敷いたプロムナードの、階段踊り場なんかにて、小さくて可憐な後輩さんを的にしての、銃の乱射はご遠慮くださいませ、お客様。
(苦笑)

  「ったく、器用に逃げ回りやがって。」
  「何言ってるんですよ。BB弾だって当たれば痛いんですってばっ。」

 まったくです。当たらないのが悪いってな順番での言いようはやめてください、蛭魔さん。そういや、今年は町角でのモデルガンの乱射事件も多かったですね。いくら人通りが少ない一角だからって、こんな騒ぎは見つかったなら問題ですよう…と。童顔極まりない後輩くんが嘆いたその通り。此処はよくある作りで、階層別にファッション系とか、スポーツ&レジャー系などと店舗ジャンルが分かれているのだが、駅前ゾーンの拡大化に合わせてモールのあちこちを継ぎ足しまくった結果として、結構入り組んだ作りになってしまっており。駅に間近い中央部には、全階へ通じているエレベーターやエスカレーターも一応の設置がなされてあるものの。ここぞと決めているお店への連絡、人によってはモールの端っこの階段を移動した方が早かったりもするがため、ここに慣れてる人々は、それぞれの使い勝手に合わせての各自の周回コースが確立していたりするほどであり。今日のこの二人の目的は、アメフト専門店への注文品受取と新規発注とがメインであったため、それも終わってさて帰ろうかと、駅へと向かっていた途中のおふざけ。総合スポーツ店に比すれば、少々偏ったお店だったため、モールの端っこ、少しほど外れた辺りにあった店から出て来た二人へ、彼らがそこを昇ろうと向かいかかっていた赤レンガのステップの上から、

  「あれれぇ? 妖一じゃないの?」

 随分と気さくなお声が降って来た。おやおや? この伸びやかなお声と、親しげな呼び方はもしかして? 聞いた側のセナくんにも覚えはあって。フードつきのウィンドブレーカーの肩口にて、顔だけをぐりんとそちらへ向ければ、
「やほーvv セナくん、こんにちはvv
 陽気な声音と、ピンと伸ばされた二本指にての敬礼と。背中にコンドルの大きな刺繍が入った、淡いメタリックグレーのスカジャンを羽織って、亜麻色の髪をさりげなく目立たないようにと覆ったスポーツキャップをかぶった。随分と上背のあるお兄さんが、階段の上階の取っ掛かり、丁度 陽溜まりになってるところからこっちを見やって笑ってる。
「あ…さ、くらばさん。」
 あまりのネームバリューをお持ちの人だからこそ、それこそ大きく声を張って呼んではいけないお名前だからね。途中で気がつき、咄嗟に語尾を弱めつつ、こちらからもお名前を呼ばわれば。ご配慮に感謝という柔らかな笑みを、その口許へあらためて重ねて下さり、Gパンに包まれた長い脚を軽快に弾ませて、一気に数歩分の間合いを残すまでの距離へと降りて来た。テレビ画面やグラビア写真、町角のポスターの中などとか。別世界からにこやかに笑いかけて来る姿が全国単位で有名な、アイドルさんでいらっさるのが判るよなぁと。男同士でもほれぼれと見とれてしまうほど、絵になる所作がそりゃあ綺麗な動線でもって、すぐ間近までやって来た桜庭さんであり、
「奇遇だよね。お買い物?」
「あ、はい。そこの“アメリカ家”さんまで、シューズの発注に。」
 恐らくは彼のホントの“お目当て”さんなのだろうに…特に表情を動かしもせず、口の中のガムを咬むのに専念している蛭魔さんなもんだから。それへ加えて、ある意味もう慣れておいでか、桜庭の方でも どっちからの返事でも構わないよというような笑顔でいるものだから。ちょうど二人の狭間にいたセナが、お答えを返していたものの、
「桜庭さんもお買い物ですか?」
「ああ、僕は違うの。こいつに付き合っただけ…って、あれれ?」
 自分のすぐ傍らを指差しかけて、そこにいる筈の“誰か”が何故だか居なかったのへ、少なからずドギマギして見せ。何もいない空間を上から下まで一応視線で撫でてから、背後を振り向き、降りて来た階段を見上げて、

  「し〜んっ? 何処で引っ掛かってるかな、お前はサ。」
  「は…い?」

 桜庭さんがごくごく自然に呼ばわったお名前に、今度はセナくんこそが“他人事ではない”というお顔になって、心なしかその小さな肩口を ぎゅぎゅぎゅうっとすぼめてしまったほど。そんな彼の視野の中、少し遅れて上階から降りて来られたのが、U大学アメフト部の、いやさ、今や日本のアメフト界の立役者とまで言われつつある、神速最強の白い騎士、進清十郎さんではありませんか。
“はやや…。///////
 同じアメフト選手だから…なんて、今更 白々しい理由なんか掲げませんとも。
(こらこら) セナくんにとってはそれ以上に親密な人でもあったから。しかもしかも、九月に入ってからは、秋リーグがすぐさま始まって。試合会場で少しほど、お話が出来ればラッキーというほどに、お逢い出来る機会もないままだったから。こんなところで思いがけなく逢えたのが、そりゃあもうもうドキドキとして、嬉しくて嬉しくて落ち着けない。此処に桜庭さんの熱狂的なファンの子が居合わせたなら、相手は違うけど同じ気持ちを分かち合えそうなほどかもで。
「久し振りなんでしょ?」
 そんなセナだと判っていてか、桜庭がひょいっと上体をわざわざ倒してまでして耳元で囁けば、
「あやや〜〜〜。//////
 ますます真っ赤になってしまった、韋駄天ランニングバッカーさんとは対照的に。ちょっぴり“むむっ”と眉を寄せた進さんだったので、
“…へぇ〜。”
 あの、形状記憶合金ばりに石部金吉の朴念仁だったもんが、一応は嫉妬してやがるよと。蛭魔さんまで意外に思ったほどの“両想いぶり”も、永らく逢えてはいなかったにしては健在であるらしい。意外なところに理解者も多くて、不器用なお二人には良かったですことvv ………で、何でまた、今の彼らだと少々意外な顔合わせにて、こんなところに居らした彼らなのかというと、
「今週末にネ、王城ホワイトナイツが関東大会の決勝戦に出るんだけど。ボクらも生憎と試合があって、応援には行けないからね。」
 それで、今日は何とか時間が空いてたから、練習見学かたがた、エールを送りにって久し振りに高校のグラウンドまで足を運んでたの。にっこりと笑う桜庭さんだけど、
「関東大会、ですか。」
 うわ〜〜〜、凄いですねぇ常連なんですねぇと。それこそ何処か今更な言いようを並べつつ。けどでも、どこかしょっぱそうに笑う桜庭さんを見ているとネ、こんなカッコいい桜庭さんでも色々あったんだろうなって思ってしまったセナくんで。だって、セナくん、初めて王城と対戦した少し後。お見舞いに行った病院で、ちょっぴり屈折していた桜庭さんの愚痴みたいなの聞いてたし。彼には彼の葛藤とかもあったのに、それでも諦めないでいて。かつての黄金の世代が一気に霞んだほどもの“最強・王城”のポイントゲッター、名レシーバーとしてレギュラーであり続けた人。そして…その陰で、華やかな見栄えには真っ向から相反し、天才の天才たる有りようというものをずっと至近で見せつけられつつも、這いつくばってでも夢を諦めなかった、努力の人だったという点は、生憎と知る人も限られている話ながら、
「………。」
 やはり黙ったまんまな誰かさんが、仄かにその双眸を細めているのは、きっと。アメフトでは頑張れても、もう一つの厳しい世界にて。時折挫けそうになる彼を、こっそりと自分だけが見守り、時には匿ってさえ来たことを、ちょっぴり思い出した蛭魔さんであったのかも。今やアジアのあちこちへもその露出を広げる勢いで、不特定多数の誰かの癒しになってるアイドルさんでも、袋小路にはまったり、力尽きることはたまにあり。その度に“泣いてもいいぞ、呆けててもいいぞ”と、隠れ家のようになってやってもいた彼だったから。今も、あのね? つくづくと和んだ眼差しを向けておれば、まるでたいそう懐かしいものに焦がれてでもいるような、そんな瞳が見つめ返して来ており。そんな顔をする奴を、こっちも心底愛しいと思う自分がどうにも…擽ったい。

  「…それにしても、まあ。」

 ずっと傍観者のように黙ってた、その金髪の悪魔さん。ようよう口を開いたから、一体 何を言うかと思ったら。
「何てのかな。お前らが揃ってそうやって立ってる時は、ユニフォームにせよ、ガッコの制服にせよ、お揃い着てるもんだってイメージがインプットがされてるみたいでな。」
 それが、ばらばらの普段着姿でいられると、仮装大会に見えてしょうがねぇと来たもんで。
「…何ですか、そりゃ。」
 僕らは妖一と同んなじで、高校卒業したのは一昨年なんですけれどと、面食らったように言い返した桜庭の言い分へ。だがだが、

  “わあ、ボクもそんな風に思っちゃたよう。”

 おいこら、セナくん。
(笑) だって、片や全国枠にて有名な、好感度抜群のタレントさんで、片やはアメフト界注目の、黄金世代を代表するスーパースター。こんなにも存在感のある錚々たる顔触れが、平日の昼下がりに普段着で並んでるのへと遭遇するなんてこと自体、そうそうあることじゃあないものねと。対岸の絶景をお口を開いて眺めている一般人レベルにて、感動の面持ちにさえなりかかっていたセナへと気がつき、桜庭が苦笑し、蛭魔が肩をすくめ、そして、
「…小早川。」
 勝手に対岸にやられては困ると、一番に思ったらしきお兄さんからのお声にあって、
「え? あ、ははは・はいっ。」
 慌てたように我に返った彼の様子へ、見学者・その一に成り下がってる場合じゃなかろと、ますますの苦笑をしかかった蛭魔だったが、

  「…お。」

 そんなセナを宥めようとしてか、すいと伸ばされた手があった。口べたを自負する彼には、そしてそんな彼をよく知るセナ本人には何てことのない対応なのか。大きくて頼もしいその手は、何の衒いもなく向かい側の小柄な少年の髪へと触れ、そのまま頭の頂に、まんま1/4ほどを覆いかねないほどの大きさをそぉっと広げて柔らかく。載せられたそのまま、ぽふぽふと撫でてまでやってくれたりし。してまた、撫でられたセナの側でも。
「………。/////////
 愛らしくも含羞むような、堪らなく嬉しそうな顔をするのが、
“………う〜ん。”
 蛭魔にしてみれば、少々、いやさ、ますます唖然としてしまうことだったりするのだけれど。
“昼日中の往来でだぞ? そうでなくたって、来年にはもう二十になろうかって男子がよ、同じ男に頭撫でられて喜んでてどうするよ。”
 …そういやそうでしたわね。
(苦笑) けれど…でも。秋の陽だまり、昼下がり。身長差も体格差も結構ある二人であることに加えて、片やの威容が相手への愛しさにほどけ、片やの稚さが相手への敬愛から背伸びをし、それでうまい具合に中和されでもするのだろうか。かわいいとかキュートとかいうものには縁遠いし理解も薄い蛭魔にも、どこか のほのほ、温かい構図に見えて来るから大したもんで。苦笑混じりに も一度肩を竦めかかったその拍子、

  「…つっ!」

 最初は何だか判らずに。丁度シャツの襟元辺りへの、じわりと走った得体の知れない感触へ、反射的に身を竦めた蛭魔だったのだけれども。触れたそこから総毛立つような不快な感触が続いたことへ、彼には珍しくも少々慌てた。人は正体が判っているものへの“恐怖”よりも、得体の知れないものへの“不安”の方へ、過敏、且つ過激に拒絶の反応を起こすのだそうで。それから逃れようと前へ足を踏み出したつもりが、気づかなかった段差に爪先を引っかけ損ねて滑りかけ。そのまま、かすかに…嫌な痛みをちくりと感じて眉を寄せる。すると…ほんの刹那の、行動と反応だったのに。

  「? 妖一?」

 数歩分ほども間合いのあった桜庭が、声をかけて返事を待つ間さえ惜しいという素早さにて、足早に蛭魔へと近づいており、
「…これ、電飾のコードじゃないか。」
 まずはと、蛭魔を跳ね上がらせたものの正体を、彼の肩越し、長い腕を伸ばして片手で摘まむと忌ま忌ましげにちょちょいと向こうへ弾き飛ばしてから。それが触れていた妖一さんのうなじ辺りの首条を…いやいや、それどころか頭ごと。大きめだが所作の機敏さからそりゃあ綺麗な彼の手が、包み込むようにして掴まえたそのまま、懐ろ近くへぼふりと引き寄せており。
“あ。”
 相変わらずに、自分よりも上背のある桜庭の広い胸元は、覚えのある高さに鎖骨のくぼみが来て、それが鼻先間近に確認出来た。…いや、そうじゃなくってだな。
「な…っ。」
 こんな人目のあるところで何をするかと、反射的に感じたらしき、金髪の悪魔さんの反応が。後で思えば素晴らしく“一般的”だったのが…妙に意外なことでもあって。何をするのだ、離さないかと、自らもその身を突っ撥ねて引き剥がそうとしかかったところ、

  「…何をうろたえる必要があるの。」

 随分と落ち着いたお声が、妖一さんのお耳へと真っ直ぐに届いて。抵抗しかかった鼻先にて、すかさず…深みのあるお声でもって、そうまで言われたものだから。彼の動作をお見事にも止めてしまったらしくって。そのまま何と、ひょいっとばかり。膝の下へと通された片腕で、爪先を宙に浮かすほどそれは軽々と、手慣れた案配のままに抱え上げられてしまったが、
「こんな時期だからこそ、安静にして冷やさなきゃダメでしょうが。」
「…っ。」
 やはりやはり、さすがは桜庭さんで。びくりと身をすくませたR大の主将殿が、物騒なまんまで垂れ下がってたコードに触れたその後に…チクリと走った微かな痛みへ眉を寄せたのまで、きっちりと見取っていたらしい。それってつまり、

  「ちょこっとだけ、足首ひねっちゃったんでしょ?」
  「………。」

 知らないとか平気だとか。胸を張って言い返せなかったのは。そぉっと、だが手早く。大きな手のひらがたったの片手だけで頭をくるんでくれて、お顔を隠すようにってもっと胸元へと伏せさせてくれたから。スカジャンの胸元、少し広めに割って覗いてた、モヘアのセーターの感触が何とも温かい。まるでまだ首の据わっていない赤ちゃんを、そっとそっと抱いてるお母さんのように。そぉっと、でも、貫禄にも似た余裕でもって。何ものからも守るからと、大事に大事に抱かれているのが判るから。
「………。」
 ほのかに甘い花蜜みたいな香りを感じて、久し振りだなと、思った途端、肩から力がすとんと抜けており。

  「ここに居るのはセナくんと進だけなんだしね。」
  「…ああ。」
  「困ることなんて一つもないでしょう?」
  「ああ。」

 誰かに言い触らすような人たちじゃないでしょうよと。暗にそうと囁く桜庭さんだと、セナにも判って…何だかホッと出来たの。相変わらずに、ううん、どんどんと懐ろの深い人になってく桜庭さんなんだなって。勝手っていうものを重々心得ていての至れり尽くせりの、何とも密にして細やかなことか。あの蛭魔さんが懐ろに抱え込まれたまま、牙を収めなさいと、どうどうどうと宥められてるみたいにさえ見えて。至って穏やかにそんなことが出来ちゃう桜庭さんが凄いなって、それから…余計な反発はしないでいいと、凭れることを自分に許した蛭魔さんが、何だかこっちまでホッとなるようなお顔をしてらしたのが…擽ったいほど嬉しくて。
“…何でかな。”
 いつもいつも油断なく張り詰めてる蛭魔さんしか知らないからかな。頼もしいけど、一体いつ休むんだろうかって、思わなくもなかったから。だから…とっても安心しちゃったのかもしれなくて。
「じゃあ、ここからは僕が送ってくから。」
 駐車場がそういえばすぐ下だ。そっか、お二人、帰るところだったんだなと今頃に気がついたセナくんが…そのまま、
「よろしくお願いします。」
 慌てて、ペコリと頭を下げていて。
『なんで“よろしくお願いします”なんだよな。』
 俺の保護者か、お前はと。後日にきっちり怒られちゃったけれどでも。何だかそうと言いたくなったのだから、これはもうもうしょうがない。それへとクスクス笑った桜庭さんは、
「お任せ下さいなvv
 セナくんへと笑い返して、それからね。
「進、セナくんのこと、ちゃんと送ってくんだよ?」
 念を押してから、くるりと背を向け、まるで舞台劇の振り付けを見るかのようななめらかさにて。レンガの階段を軽快に駆け降り、駐車スペースへと向かって足早に姿を消したのでございました。取り残された二人はといえば、
「…えと。////////
 あのね、あのね。こちらの二人にしてみても、お互いに忙しかった状況は同んなじで。随分と逢う機会が持てなかった。だから、

  「とりあえず。どこかでお茶でも飲みませんか?」
  「そうだな。」

 素早く意見が合ったところで、こちらの二人もその場を離れる。そんな彼らとすれ違うように、今頃になって“大変だ大変だ”と、すぐ上の階での飾りつけをしていたらしき業者の人が飛んで来て、垂れ下がってた電飾のコードを回収して帰ったそうですが。晩秋の街角は何処でも誰もが忙しいようで、そんな一幕があったことさえ、あっと言う間に片付けられて。無人の空間に戻って静かなばかり。時折吹きゆく風に乗り、何処かから気の早いクリスマス風の鈴の音が響いて来るばかり…。











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   *久々のおデートになりそうだから、もうちょこっと続きますvv